暮理独楽@わふー電脳遊戯録

暮理独楽の遊んでいるコンピュータゲームのあれこれを書き散らしていくブログです。

世界『も』救われる物語。

世界を救う物語 でも 世界が救われる物語 でもなく。
世界救われる物語。

「東亰ザナドゥ」が大好きです。主人公のコウが大好きです。
英雄伝説・紅朱い雫」が大好きです。主人公のアヴィンが大好きです。

どちらも日本ファルコムさんの作品ですけども。
この指向性を持つ主人公を、他社作品にはあんまり見ません。(いなくはないでしょうけど)

このふたつの作品の主人公、その共通点は、世界を救うでなく、目的を果たすために戦う点です。
世界を救って目的も果たされた、ではなく、目的のために戦った副産物として、世界救われた。
通常の作品と主副が逆転しているのです。

要するに世界なんか、「ついで」なのです。

それどころか、このふたりの主人公にとって、世界の平和などは興味がないかも知れない。

東亰ザナドゥのコウは、最初のうちは杜宮の街を護るために戦っていますが、それも、「護りたいひとを護るため」で、純粋に杜宮を護るため、ではありません。
そして最終話になって自覚が出ると、杜宮の街よりもヒロイン・シオリを取り戻すことが最優先になっています。
コウは、最終話で「このままでは杜宮はずっとおかしなままで、コウも杜宮に縛られ続ける」とシオリに諭された際に、
「それの何が悪いってんだ!」と返すのです。このセリフ、大好き。

一方、紅朱い雫のアヴィンは、オープニングからエンディングまで、本当に徹頭徹尾アイメルを取り戻すことしか考えていません。
彼についても言動を見ると、アイメルを救い出すための障害だから、ベリアス卿を倒し、混沌神オクトゥムを討ち滅ぼしている訳です。エルフィルディンの平和はそのついでであって、主目的ではありません。

そんな彼らが、わたしは大好きです。
(もちろん、アナーキズムすれっすれな考え方と在り方で、ラスボス側紙一重な人物なのは、判っています)